創外固定法は古く 1843 年の Malgaigne's claw, 1897 年の Parkhill's bone clamp, 1902 年の Lambotte external fixator 等に始まるが、日本でも 1920 年当時、前田式創外固定器があった。 1940 年代の Kuntscher 髄内釘を発端に金属材料の進歩と改良、抗生物質の使用により内固定法がいち早く進歩し、 AO - plate が一世を風靡していた 1980 年代には創外固定法は立ち遅れていた。しかし、本法は骨組織を体外からピンや螺子を用いて把持固定することにより骨折治療、偽関節および感染性偽関節、関節固定術などに応用出来、適応を選べば非常に良い成績が期待できることが判明し、数種の創外固定器が市販されていた。また、朝日大学の井上四郎先生の考案したレジン創外固定法が開放下腿骨折に簡便で有効であり、救急病院を中心に広がっていた。
一方、 1960 年代初期にソ連の Ilizarov が創外固定法を用いて骨延長法を考案していたが、 1981 年西欧諸国に導入され、日本には 1989 年始めて導入された。以来、骨延長法は東大黒川高秀先生、防衛医大安井夏生先生、川崎医大山野慶樹先生を中心に急速に広がりつつあった。
この様な状況の中で黒川、井上、安井、山野先生等の呼びかけで創外固定法および骨延長法の基礎的研究と技術の向上・普及を目指して日本創外固定研究会を発足させた。また、若い整形外科医を対象に骨延長用創外固定器の細かく正確な使用法と症例呈示検討を目的とした骨延長ワークショップを発足させた。
第 1 回研究会は昭和 63 ( 1988 ) 年 1 月に朝日大学井上四郎教授により岐阜市で開催された。第 2 回研究会は、平成 1 ( 1989 ) 年 1 月に東京大学黒川高秀教授により東京都で開催された。平成 2 ( 1990 ) 年には研究会の発表論文集である日本創外固定研究会誌が誕生した。
一方、第 1 回骨延長ワークショップ ( 症例検討と具体的な骨延長器の工夫と製作を主に論じた ) は、平成 1 ( 1989 ) 年 9 月に防衛医科大学校の安井夏生先生により東京都で開催された。その後毎年、日本創外固定研究会は春に、骨延長ワークショップは秋に開催されていたが、創外固定器を使用するという治療法が同一なことから、研究会とワークショップは同時期に開催し、将来は合同の学会にしてはという意見が根強くあった。平成 4 ( 1992 ) 年 7 月、弘前大学原田征行教授のご努力により第 5 回日本創外固定研究会と第 4 回骨延長ワークショップが初めて同時開催された。それ以降、平成 8 ( 1996 ) 年まで日本創外固定研究会と骨延長ワークショップは同時開催されていたが、平成 8 ( 1996 ) 年 4 月両者が合併して日本創外固定・骨延長学会が発足した。
事務局は、開設当初から朝日大学村上記念病院整形外科内においていたが、平成 13 ( 2001 ) 年 3 月より山内ホスピタル整形外科内、次いで院長室内に移し現在にいたっている。